著名人コメント

現実の美しさを実体験以上にかたちにするアニメの力で、山本はいまこの時代にいちばん必要なものを僕たちと共有しようとしているのだ。
宇野常寛(評論家)
傑作。「薄暮」は聖地巡礼、コンテンツツーリズム、アニメツーリズムをビジネスや研究している人は見に行った方がいい。
柿崎俊道(聖地巡礼プロデューサー)
何より、ヤマカンさんの一番素直でピュアな部分が良く出てた。何気ない描写の積み重ねでヒロインと観客の感情を高めていく…
あおきえい(アニメーション監督)
いや、なんと言うか、若い!!なるほど、こんな作品が作りたかったのか!と。
ピュアな眼差しにもぞもぞしました。あの感じを40代で作れるのは素敵だなと思いました。
そして僕らが作っている商業アニメでは作れない、インディペンデント故の作家性を強く感じましたよ。(Twitterより転載)
水島精二(アニメーション監督)
キャラクターや世界の描かれ方がとても愛おしく、もっと見てみたいと思わせられる気持ちの良い映画でした。
神前暁(作曲家)
風の映画だった。それが吹く時、風景が輝きを増し、少年と少女の距離が縮まり、この地で生きることの覚悟が描かれる。そのストイックな演出に対し、時折現れるフェティッシュな欲望。抑制と解放がせめぎあうのが山本監督ならでは。
松江哲明(ドキュメンタリー監督)
山本監督が震災直後から東北地方のことを考えていたのは知っていた。僕も被災地訪問に同行したことがある。あれから数年が経ち、そんな思い出もすでに薄れかけようとしていたころ、監督が新しい映画を作り始めたという知らせを聞いて、僕の胸は躍った。
映画「薄暮」は長い年月をかけて製作された分、無駄が削ぎ落とされて、監督の純粋性だけが残っていた。それは物語というより、一編の詩に近い。自分の一番傷つきやすい部分を前面に押し出すには相当の覚悟が必要だったろう。線画と色で描かれた緑の景色の向こうに、いつか山本さんと聴いた東北の少年少女たちの奏でる音楽が、たしかに見えた。
向井康介(脚本家)
なんて愛おしい「ふたり」なんだろう。この当たり前の出会いはもう当たり前ではないのか。
自分だけの感覚や、世界を味わうことや、電子機器を介さない口約束を忘れてしまっているような気がして、焦る。世界はかつてこんな風だった。今もこんな風でいいのだ、と信じたい。
大野敏哉(脚本家)
現実の中での美しさ、優しさが短い尺に盛り込まれていてとても良かったです。空気感を含めて、感じを出そうとする意欲に共感しました。
錦織博(アニメーション演出者・監督)
素敵な映画でした。女の子が可愛くて音楽が素晴らしく何より風景が美しい!
丸山正雄(アニメーションプロデューサー)
まるで、化学調味料の入っていない、洗練された素材の味を引き出したような印象でした。描写が美しく、音楽とともに、ずっと記憶に残るような作品です。
江原大介(作曲家)
今も昔も若者達の想いは変わらない。ちょっとしたきっかけが、人生に大きな変化をもたらす。音楽を愛した佐智、絵を愛した裕介、2人を結びつけたのは、福島の自然。原発事故で危うく全てを失いそうだった景色。それを絵に描く裕介、音楽で奏でる佐智、2人の心は芸術で結ばれた。山本寛監督ならではの青春への畏敬。見終わった時に心に湧き上がった想いは、懐かしい!そして、羨ましい!誰にでも経験のあるちょっと甘酸っぱいラブストーリー、必見です!
畠田貴生(東海大学付属高輪台高校吹奏楽部音楽監督)
ついに実現しましたね!!!
ヤマカンさんらしい愛らしい少女たちの姿を描きながら、
大人でもない子供でもない時代の普遍的でリアルな青春の瞬間!

彼らの心のような美しいマジックアワー、
クラシック音楽の美しさと、合奏の醍醐味、
そして、魂のこもった画が生み出す奇跡の瞬間!

すべてがヤマカンさんのように
凛として純粋で、時にユーモアとサービス精神にあふれる美しい映画!
素敵な作品をありがとうございます!
宇田充(映画プロデューサー)
今のアニメ作品が「物語」から「見世物」になり、顔の見えない群衆の顔色を伺うようになった。斬新に”見える”動き 受けるキャラクター 現実を映し現実を変えられるかのように振るまうドラマ。作り手も群衆を喜ばせるため無いものをあるかのように描き、いつの間にか現実と創作物・物語は地続きにされてしまった。
『薄暮』を観終えたとき、私はポロポロと泣いた。二つのものが一つになる。誰もが思い描く美しい結末。確実に『薄暮』の物語に胸を打たれながら、「そんなもの現実にはないだろ」と毒づいている自分がいた。
物語は現実にはないもの、誰もが願う「そうあって欲しい夢」を描くというものであるなら、『薄暮』は冷酷に「物語」本来の役割を果たした。美しい再生の物語。でも、夢から覚めた時、そんなものは現実にはなかった。
『薄暮』はもう私に夢を見させてくれない。『薄暮』は物語の役目を終え、その入口は閉じてしまった。『薄暮』を観て、現実をみんなで変えていこう。などと私は思わない。私は実際の場所の住人ではないし、今の私にはどうしたらいいのかもわからない。でも、私は何か託されてしまった。ひとつの「物語」が終わり、二度とそこには戻れない。それがとても寂しい。
小杉明史(ライター)
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